2023年6月12日月曜日

イベルメクチン

“新型コロナウイルス感染症に効果がない”ことが、科学的にも判明したイベルメクチン(商品名:ストロメクトール)。しかし、いまだに「イベルメクチンは新型コロナに効く」などと言い続ける医療従事者、そしてさまざまな方法でイベルメクチンを入手して飲んでいる人が一部には存在するのも事実だ。 なぜここまでイベルメクチンが注目されたのか。その背景や、飲み続けることによる問題について、感染症に詳しい神戸大学病院感染症内科・教授の岩田健太郎さんに聞いた。 新型コロナにイベルメクチンは効かない 2020年3月11日、WHO(世界保健機関)が新型コロナ(COVID-19)のパンデミックを宣言し、世界中に注意を呼びかけた。けれども感染がさらに拡大し、有効な治療薬は見つからなかったため、中南米や中東諸国を中心にイベルメクチンを治療に用いるようになった。当時、イベルメクチンは試験管レベルで新型コロナウイルスの増殖を抑えることがわかり、人への効果が期待されていたからだ。 その後、イベルメクチンは新型コロナに有効だとする論文が発表される一方で、それらの論文には問題点が見つかったり、また反対に効果がないという論文も報告されたりして、「いったいベルメイクチンは効くのか、効かないのか」と話題になった。 「新たな感染症が流行した際にはまだ治療薬がなく、治療法も確立されていないので、効果があるのではないかと既存の医薬品がいくつも候補に上がります。かつて不治の病とされていたHIV/エイズのときも、1980年代や1990年代はじめには、さまざまな医薬品が効くかもしれないと期待されていました。しかし、研究が進むにつれてほとんどが効果なし、と判定されたのです」(岩田さん) 今年9月26日には、イベルメクチンの治験(第Ⅲ相臨床試験)を行っていた医薬品メーカーの興和が、「新型コロナの治療薬としての有効性を確認できなかった」と発表。治験は昨年11月から今年8月にかけて行われたもので、日本とタイにいる新型コロナの軽症患者1030人を無作為の2つのグループに分け、イベルメクチンと偽薬(プラセボ)を、どちらかわからないように投与して効果を比較する二重盲検試験だったが、結局、臨床症状が改善傾向にいたるまでの時間などに統計的な有意差は認められなかった。 「海外はもちろん、日本の多くの医師や研究者も、ずいぶん前から新型コロナにイベルメクチンは効かないことをSNSなどで一般の方に伝えてきました。そもそも、イベルメクチンの製造元も効果があるとは言っていません」(岩田さん) そうなのだ。イベルメクチンの製造元であるアメリカの大手医薬品メーカーのメルク自身も、2021年2月に「新型コロナウイルスへの治療効果について十分な科学的根拠はない」という声明を出している。それだけでなく、WHOも、FDA(米国食品医薬品局)も、EMA(欧州医薬品庁)もほぼ同じ見解であり、新型コロナの治療にイベルメクチンを使うことを推奨・許可していない。 イベルメクチンは寄生虫病の治療薬 本来、イベルメクチンは、マクロライド系の寄生虫の駆虫薬だ。糞線虫(ふんせんちゅう)と呼ばれる寄生虫が腸管に入り込むことで起こる「腸管糞線虫症」や、ヒゼンダニの寄生によって起こる皮膚炎「疥癬(かいせん)」などにはよく効く。当然ながら、サプリメントではなく医薬品であり、副作用がないわけではない。 「適切に使えば安全性の高い薬ですが、誤った使い方をすれば、頭痛や嘔吐、筋肉痛や関節痛、浮腫(むくみ)などの副作用が起こるリスクがあります。また薬剤に対する耐性がついてしまうこともあり、腸管糞線虫症や疥癬になったときにイベルメクチンが効かなくなる恐れも否定できません」(岩田さん) 処方薬は市販薬と違って、医師が必要だと判断した場合に出すものだ。とくに、イベルメクチンは動物実験において胎児に奇形が起こる「催奇性(さいきせい)」が認められているため、妊娠中に服用するのであれば、医師が摂取することによるリスクよりもメリットが大きいと判断した場合のみ処方される。 アメリカでは、牛や馬などに用いる動物用のイベルメクチンを自己判断で服用して入院した人がいたため、FDAは「動物用と人間用は違う。過剰摂取すると吐き気、嘔吐、下痢、低血圧(血圧低下)、アレルギー、めまい、けいれん、昏睡(こんすい)、さらには死に至ることもある」 と注意を呼びかけた。ツイッターでも「あなたは馬じゃない、牛でもない、本当にやめてください」とつぶやいて話題となったこともある。 日本では医師の診察のうえ、本来の用途であれば健康保険が適用されてイベルメクチンが処方される。だが、適応外であればそれはできない。そのため、医師から自由診療(保険適用外)で処方してもらったり、個人輸入のサイトで販売されているものを購入したりしているようだ。実際、調べてみるとイベルメクチンを扱っているネット通販は少なくない。 イベルメクチンの安全性はどうか だが、そうして手にしたイベルメクチンの安全性はどうなのだろうか。 「ネット通販の場合は、本物のイベルメクチンかどうかわかりません。保証はありませんから、完全に自己責任で服用することになります。新型コロナに効かないイベルメクチンを、そんなリスクを背負って飲む必要はあるのでしょうか。私はないと思います」(岩田さん) 日本には、医薬品を適正に保険診療内で使用したにもかかわらず、副作用によって重篤な健康被害が生じた場合に医療費や年金が支払われる「医薬品副作用被害救済制度」があるが、自由診療などで入手した薬で生じた場合は対象外となる。 もし購入したイベルメクチンが正規品だったとしても、問題は残る。岩田さんが危惧するのは、「必要な場所に薬が届かないこと」だ。 「イベルメクチンは、現在も寄生虫の治療薬として、特にアジアやアフリカなどの発展途上国では必要とされている薬です。それが、別の用途で大量に使われてしまえば、本当に必要としている人たちに届かなくなる恐れもあります。リソースを無駄遣いするわけですから、本当にもったいないことです」(岩田さん) 日本人はファクトよりストーリーが好き 科学的根拠に基づく医療、つまりEBM(Evidence-Based Medicine)への理解が進んだはずの現代なのに、どうしてこんなことが起きるのだろうか。「今に始まったことではないんですが……」と、岩田さんが解説してくれた。 「医療者であっても、EBMを理解できない人は一定数います。特に昔は、医者の“さじ加減”で患者さんに薬を処方することも多く、それを今も続けている医師はいると思います。でも、『現場の肌感覚で効果がわかる』などと言う医者はまともではありません。自分の肌感覚を疑い、検証しようとするのが科学的な態度ですし、薬が効くかどうかは二重盲検などの臨床試験できちんと検証する必要があります」 ずっと待っていれば雨が降る日もあるのに「雨乞いをした。雨が降った。だから雨乞いは効いた」と主張することを「3た論法」 というが、「投与した。治った。だから薬は効いた」と主張するのも同じことだ。イベルメクチンについても同様で、「新型コロナの症状は多くの場合、数日で治まります。それをイベルメクチンが効いたと誤認する人がいるということです」と岩田さん。 声の大きい一部の医療者などが根拠なくイベルメクチンを推奨し、それをワイドショーなどのテレビ番組やSNSなどが拡散する。さらに効いたと誤認した体験談が広められていくことで、医療に詳しくない人たちが「新型コロナにはイベルメクチンが効く」と思い込んでしまった、という構図だろう。 「イベルメクチンに固執すると、新型コロナに効く根拠がないということをいくら説明しても、“データが改ざんされている”とか、“製薬会社の陰謀だ”とかと言い出し始める。もうそれは信仰のようなものですから、どうもできないのです」(岩田さん) さらに“新型コロナの治療に効く”という触れ込みだったはずのイベルメクチンが、今では“予防にもいい”とか“後遺症にも効く”と変わっていき、ついには“万能薬である”といった誤情報までインターネットで流れるほどだ。もちろん、根拠は一切ない。 日本でイベルメクチンの“信者”がここまで増えたのには、「日本人はファクトよりストーリーが好きといった要素もあるのではないか」と、岩田さんは推測する。 「イベルメクチンの開発に寄与したのは、日本のノーベル生理学・医学賞受賞者で、北里大学特別栄誉教授である大村智先生なんですね。そのため、世界中で流行している新型コロナを日本人が作った薬で治療できる……というストーリーに惹かれる人が多かったせいもあるのでは、と個人的には思います」 確かに楽しくない事実よりも、夢のような物語が好まれやすいという傾向はあるのかもしれない。だが、そこに医療を当てはめるのは問題ではないだろうか。 実は日本人のリテラシーは高い 一方で、科学的根拠に基づく医療、EBMという考え方は一般の人たちにも浸透してきていて、「日本人のリテラシーは向上していると思う」と、岩田さんは話す。 「他の先進国に比べると、日本は比較的、反ワクチンや反医療が広まっていないほうだと思います。新型コロナワクチンの接種率も、世界的に見て低くありません。インターネットで誤情報が広まるという面もありますが、正しい情報も伝わるようになってきています。インターネット上では一部の極端な人が可視化されて目立ちがちですが、多くの人はEBMに基づいた医療を受けられるようになっていますから、全体としては、日本では正しく情報を得ている傾向にあると思います」

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